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Sustainability Deep Dive Vol.2 「動物園」から自然を考える

Date: 2022.08.30 TUE

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ナマケモノと飼育員。本稿資料提供すべて大牟田市動物園

大牟田市動物園は「動物福祉を伝える」というコンセプトで、国内外で注目されていますが、これを提唱してきた椎原園長は、動物のウェルビーイングを追求する一方で、動物を「展示」する矛盾とも向き合っています。人間と自然、人間と動物の関係を、ユニークな園長と掘り下げます。

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動物衛生の向上を目的とする政府間機関である国際獣疫事務局(OIE)は、動物福祉(animal welfare)を「動物の生活とその死に関わる環境と関連する動物の身体的・心的状態」と定義しています。動物も人と同じく苦しみや喜びを感じる存在で、他者と関わる経験から学び、自分で考えて選択しています。そうした感性を持つ存在(Sentient Being)として動物を捉えることが、まずは動物福祉の基本的なスタンスと言えます。

こうした動物福祉の定義だけ見ると、多くの人は当たり前に感じるかもしれませんね。でも動物福祉を動物園の現場で重視しようとすると悩ましい問題が噴出します。例えば動物園には飼育される動物と餌となる動物がいますが、どの動物・分類まで対象とするべきかという問題がそうです。

人間が動物と具体的に関わろうとする時、どのような利用目的、方法であっても、このような倫理的問題は必然的に生じるものです。動物の利用と動物の福祉は一体でありつつ背理してしまいます。動物に影響を一切与えない人間のあり方を訴える考え方もありますが、私たちは動物と全く関わることなく人間が存続することは実現困難だと思っています。

ある生物が生きていく上で、他の生物を何らかの手段で利用することはむしろ自然です。問題は、動物と関わることを踏まえた上で、人間が動物を利用する行為自体についての倫理観をどう考えるかにあります。目的は重要なものなのか。利用方法は適切で不可避なものか。利用目的や方法と動物福祉の双方を高めていく必要があります。

一例として、大牟田市動物園では、展示という利用方法にかなった種数と頭数に向けて、15年の繁殖制限を通して種数を35%、頭数を45%削減してきました。当然の帰結として動物の高齢化が進み、私たちの園では個に合わせた高齢ケアがいよいよ求められていますが(笑)、種数と頭数を削減したことで動物の生活の質を高める飼育を行える職場環境に改善できました。「良好な福祉状態を保証できなければ飼育しない」が私たちの基本姿勢です。

とはいえ一方で、例えば安楽死などの問題があります。人間においても正解のない問いですが、動物はそもそも意思表示をしてくれません。捕食採食される側の動物福祉もあります。動物園は野生での捕食者・被捕食者とは異なる状況にあります。こうした問いについては、スタッフのみんなと議論しながら考えていきます。

動物福祉を考える上では、次の3つの視点が重要です。まず身体的な「健康」で、これは医学・生理学的なアプローチで見えてきます。次に「心理状態」で、動物の主観的な気持ちをどう捉えるかですね。これらに加えて、「動物本来の行動要求」の視点もあります。この3つが両立した状態が動物福祉でそこにQOLが模索されるものです。

「動物本来の行動要求」は馴染みがないかもしれませんね。犬だったら散歩がしたい、ライオンだったら獲物に飛びかかりたい、キリンだったら長い舌を使いたい等々……、動物種に特有の必要な行動があります。このようにその動物にとって何が自然な行動で、そうした行動が生まれる環境はどんなものかを考える視点です。

心理状態は本人しか分からない、もしくは本人にも分からない面があるものです。動物でも人間でも同じですね。この分からなさに対する私たちの基本スタンスは「自分が嫌なことは相手にもしない」「自分がしてほしいことを相手にもする」です。

ただ自分がどんなに相手のことを考えたと思っていても、相手が嫌な思いをすることもある。人間同士でもよくあることですが、動物はそもそも生活基盤自体が異なります。そんな相手の気持ちをどう推測していくか。

ポイントは「相手をきちんと見て確かめながら関わる」ことだと考えています。何らかの働きかけに対して、その結果を必ず見る。動物の体の状態、行動・気持ち、周囲の状態(環境)は相互に影響しています。推測ではありますが、推測を支える動物の状態を丁寧に見ていくのです。

例えば大牟田市動物園では「モルモットとわたしの時間」というのをやっています。これはモルモットに「触る」ことよりも「気持ち(≒行動)を考える」ことを大事にする時間です。まずこの時間に参加するかどうかはモルモット自身が決めます。途中まで出てきて引き返すこともできるし、出てきても嫌になったら逃げる場所もあります。そんなモルモットの動きから触られる側のモルモットの気持ちを考え、どう触れば良いかを考えて欲しいのです。

モルモットの意志を考えながら接する「モルモットとわたしの時間」

私たちの園では、モルモットだけでなく他の動物も居場所を選択できるようにしています。そのため展示に参加するかしないか動物が決めるので、展示や収容を拒否もできます。飼育員の仕事は、動物が居たい環境や楽しい環境に向けた改善を重ねることです。お客さんにとっては、日や時間帯によっては動物を見ることができない場合もあります(笑)。

ボルダリング中のレッサーパンダ。レッサーパンダの気持ち(行動)を考え、ボルダリング壁を設置している

私たちの園では「ハズバンダリートレーニング」をお客さんが観られるように開園中に定期実施しています。これは動物に直接働きかける作業を行う時、動物に協力的行動を行ってもらうことで動物の負担を減らす試みです。例えば採血などの検査は健康管理を目的として行うわけですが、動物にはその意味がわかりません。通常は、捕まえたり麻酔を用いて動けなくして検査を行います。私たちは動物に負担をかけたくないので、動物自身が安心安全に参加できるようにするにはどうしたらよいかを常に考えて実践しています。

動物が、その日の状況によって協力する、しないを選択します。途中でやめる選択もできます。これは人の力では制御できないキリンのような大きな動物や猛獣だけではなくてモルモットの体重測定でも同じです。飼育員が手で持ち上げて体重計に乗せるのではなく、自分から乗ってくれるようにアプローチしています。

自分で体重測定をするキリン

飼育場は、動物にとって未知の領域です。まずは飼育場の中に動物が安心できる場を作ります。動物にとって「逃げるしかない」から「逃げられる」の状態になることは、状況を選択できる第一歩です。さらに安心できる場ができることで、新しい状況に向けて学習や挑戦を始めるという変化が生じます。動物が自律的に新しい環境や行動を試してくれる段階です。

このような環境的なケアの充実がいわば栄養分となり、動物が自ら選択できる範囲が広がり、より新しい環境を利用できるようになる。こうしたあり方が動物のウェルビーイングなのだと考えています。

「動物園」が私たちの社会においていかなる意義があるかを問う話ですね。たしかに飼育されている動物たちは人に依存するしかなく、行動を制限され管理されています。そもそも展示という動物利用と動物福祉は矛盾する場合が多く、現場では結論の出せない問題が多々あります。

ただこうした矛盾や正解のない問いは、私たち人間の社会においても問われています。人間もまた、社会的な様々な制約の中で不安や恐怖、欲求不満や孤独、生きづらさや無力感を感じているものでしょう。動物園の動物も人間も、社会的な環境との相互作用の中で自分たちのあり方を模索しています。そして行動の選択肢の拡大と環境との持続的な調和(バランス)の中にウェルビーイングがあるのは動物も人間も同じです。

そんなすべての生活者(動物・人)の福祉向上を考える場が動物園だと私は考えています。矛盾や問いにどう向き合ってるかを伝え、気づいてもらい、一緒に考える。生活基盤が人と異なる動物に向き合っている動物園だからこそ伝えられることがあると思うのです。人や動物に必要な行動ってなんだろう。それが実現できる環境ってなんだろう。動物だけではなく私たちの動物園まるごと展示することで、動物福祉を伝えていこうとしています。

来場者数はもちろん大事なので、コンセプトだけを先行させてもうまくいきません。ケアへの関心が高まってきたここ10年くらいの日本社会の流れもあって、お目当ての動物が観られなかったとしても「寒いと出たくないですもんねー」といった動物の気持ちに共感するコメントがもらえるようになってきました。そんなお客さんたちと一緒に、私たちは歩んできたのです。

(2022年426日オンラインにて 聞き手:山内 泰/大牟田未来共創センター 理事)

椎原 春一  Shunichi Shiihara
大牟田市動物園園長
大牟田市動物園園長。閉鎖を検討された園の再建を行いつつ、職員が動物福祉に配慮した取り組みを次々に実践する過程を発信することで『動物福祉を伝える動物園』というコンセプトの実現を図っている。「動物自身が選択できる」環境を提供する事により、生活基盤が人とは異なる多様な動物の福祉を理解しようと試みている。

動画再生時間:約93分

00:00:10 GGP紹介
00:02:20 イベント本編開始

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