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コレクティブ(第4回)——若杉浩一氏に聞く日本全国スギダラケ倶楽部の実践

Date: 2022.10.25 TUE

  • #コミュニティ

聞き手:日本総合研究所 井上岳一

若杉浩一氏(右)と井上岳一氏(左)。武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科にて。特記なき写真:稲継泰介

戦後の植林によってスギだらけになってしまった日本の山林をやっかいもの扱いせず、材木としてのスギの魅力をきちんと評価し、産地や加工者、流通、デザイン、販売などスギを取り囲むシステムを結びつけることで、スギをもっと積極的に使っていこうじゃないか![*1

そう宣言する日本全国スギダラケ倶楽部(通称・スギダラ)は、国内に約2400人の会員と24の支部をもつ集団です。全国各地でスギを使った家具や屋台、駅舎をつくったり、木育教育をしたり……と、幅広い活動を展開中です。しかし利益追求のための企業ではなく、法人格すらもたず緩やかな紐帯でつながっているのが特徴です。「主体的に自己表現する個人が共鳴してイノベーションを起こす」と、スギダラの要である若杉浩一氏はこの活動を説明します。スギダラに見るコレクティブやコンヴィヴィアリティ(自立共生)のリアルとは——。

——スギダラの活動は何時、どのように始まったのですか。

スギダラを立ち上げたのは2002年、42歳のときでした。デザイナー仲間とスギを使ったデザインを普及させていこうと盛り上がったのがきっかけです。それで秋田スギや魚梁瀬(やなせ)スギなどの産地に赴きました。

戦後の政策で多くのスギが植林され、高度成長期まではよかったけれどその後は外来木材に市場が奪われ、日本の林業は衰退の道を辿っています[*2]。産地に行くと、製材所はどんどんとなくなっていて、それでも立ち向かっている人がいました。そうした状況をなんとか打開するデザインをしなくては、と。その先に何があるのか解決策も、確信もなかったけれど……。

当時、仕事として会社でデザインしているだけでは納得ができなくて、デザインへの思いが沸々とマグマのようにたぎっていました。ビジネスの延長線上にはデザインの素敵な未来はないと思っていたんでしょうね。

——どうして会社でのデザインだけでは納得できなかったのでしょうか。

僕が学生だった1980年代、SONYWalkmanを発売したり、イタリアを中心としたデザイナー集団メンフィスなどが躍進したり、生活スタイルを一変させるデザインのあり方を見ていました。産業を超えて社会をイノベーションしていく力強さに憧れ、バブル経済全盛期に内田洋行に入社し、インハウスデザイナーとしての道を歩み始めました。でも、バブル崩壊後は会社の売上が上がっても、それは営業の成果であってデザインの力ではないという風潮になってしまった。それは違うと反発したら、煙たがられてデザイン職から異動させられてしまいました。

その頃、柳宗理や倉俣史朗の椅子などをつくっているBC工房の鈴木恵三さんに出会います。当時鈴木さんが言ってくれたのは、「日本のデザインは世界に通じる力があるけれど、その力を社会が知るに足りない状況である」と。「日本のデザインを変えようとするならば、企業の体質を変えるのが筋ではないか」ということを説いてくれました。それで会社を辞めずにへばりついてやろうと決心しました。

40代でデザイナーに復帰するまでの不遇の10年間、おかげでいろいろなデザイナーと知り合うことができ、海外のデザインを観に行ったりできたのはよい経験になりました。

——なぜスギに注目したのでしょうか。

僕は熊本の天草出身で、農業や林業に関わっていた親から「森林は50年くらいかけて成長するものだから、自分たちの時代ではなく君たちの世代の産業だ」と教えられていました。でも僕たちが受け継ぐ時代になると、お金にはならずむしろ負の産物になっていた。

いっぽう会社では、四半期決算や来年の売上げと目先のことばかりを気にかけている。新規事業といっても売り上げ目標があり、そうした近視眼的な環境ではイノベーションは起こらないと感じていました。それならば、敢えて経済活動とは真逆で、地域の中でも廃れてしまったものに手を付けてみるのも面白いかなと。

——経済のシステムからはじかれたスギを自分と重ね、それをいかに社会の役に立つものにするか、自分の実存をかけた戦いだったわけですね。スギダラの組織はどのようにつくっていったのでしょうか。

飲み会の仲間が膨れ上がった感じです(笑)。南雲勝志さん、千代田建一さんと3人で呑んでいたとき、「俺たちのデザインは世の中をよくしているのだろうか……」という議論になった。「日本の未来をよくすることと、スギをよくすることとが重なって見える」。「木と共にある暮らしそのものをデザインしていくのもありじゃない?」と意気投合し、「よーし、かんぱ〜い」となったのがそもそもの始まりでした。

枝打ち作業する若杉氏

BC工房を通じて出会ったデザイナー仲間数名で産地に出向くと、現地の人には「何をしに来たの?」と訝しがられました。でもいろいろ話をしているうちに「君たち面白いこと言うね。かんぱ〜い」という感じ(笑)。そうこうしているうちに、まちづくりに奮闘している人などその地域の個性的な人に出会うことになりました。肝心なのは、デザインの専門用語は絶対に使わずに、できるだけみんなで盛り上がるようにすること。

「せっかく来たから、下草刈りとか枝打ち[*3]とか手伝います!」と言って、一緒に作業したのもよい経験でした。枝打ちすると真っ暗だったところに、ぱっと光が入ってくる。こういうのが喜びだと実感しました。

飲み会の勢いで突撃し、何回か繰り返していると、だんだんと何かを一緒にやろうという話が出ます。工場を見てまわるうちに家具をつくろうとか、技術がないときは簡単なものをつくって縁日で売ろうとか。じゃあそのために縁日をやろうとなり、僕たちデザイナーは屋台や家具をデザインしたり……。小物を売るだけでは収益が少ないから、WEBサイトでも販売しようとか、だんだんと活動が拡大していきます。

デザインしたものが地元で評価されると、今度はイベントでワークショップをやったりして盛り上がります。楽しいところには人が集まってくるので、デザイナー以外の人も増えてくる。現在、スギダラの会員は、行政や学校の先生、工務店などデザイナー以外の人が多いです。

ある意味、愛の押し売り(笑)。「あなたのまちはこうなるべき」とか勝手にビジョンを押しつけて鬱陶しがられるけれど、だんだんと「まんざらでもない」と思ってもらえるようになります。

——地方に通っているうちにメンバーが増えるということですね。「鬱陶しい」から「まんざらでもない」となるまでに、どれくらいの時間がかかるのですか。

だいたい10年くらいはかかります。その地域でスギダラを面白がってくれる人がいて、その人のために頑張って継続します。鹿沼市などは、丸2年呑んでいるだけでした。基本的に向こうが何かをやろうと言うまでは提案はしません。

鹿沼市では2016年、467脚、合計700mを超えるスギのベンチを並べギネス記録に挑戦。主催は鹿沼商工会議所で、約1000人が集った。木部も金物も鹿沼で製作し、町の人が自分の手で組立てた。写真提供:日本全国スギダラケ倶楽部

——スギダラをビジネスにすることは考えなかったのですか。

いや、まったくないですね! 

ここまで活動が広がってきたから、会社形態にしてビジネスにしたらとか、会費を徴収して事業化できるのではないかとか、よく言われます。でも、それをやってしまうと楽しくなくなるし疲れてしまうので「絶対にやりません!」と宣言しています。「楽しかったなぁ」の延長線上で適切な対価が得られればよいと考えています。

——“楽しい”という、貨幣価値とは違う論理を入れて、地域の活性化を図っているわけですね。それは経済ばかりを優先し、文化が乏しくなっている今のビジネスへのヒントだと思います。一方で楽しく経済を動かしていく仕組みはあり得ると思いますか。

楽しいことで、経済が回っていけばそんなに幸せなことはないけれど、なかなかそうはなりません。でも、“楽しい”をきっかけにして別の仕事につながることはあります。

「そんなスキルがあるならば、商工会議所の助成事業をやってみる?」とかですね。ひとつの助成金だけでは足りないとなると、他の人が別の助成金を組み合わせるアイデアを出したり……、みんなでどうやって実現するかを考え始める。とにかく自分事化して面白くする知恵をみんなで出し合うことができる、そういう人たちの集合体になっていると思います。

——スギダラはメンバーシップも出入り自由で、閉じた中で価値観を共有するコミュニティとは違う。多様な人が集まり、結果的にいろいろな情報や資金も集まってくるコレクティブな活動だと思います。

コミュニティかコレクティブかというと、コレクティブの方がしっくりきます。

それぞれが本業を別に抱えていて、もうひとつの楽しみとして未来のために一肌も二肌も脱ぎたいという人たちの集まり。みんなの熱い想いが集まってきて、政も含めたネットワークになっているので、ときには日向市駅や北海道新幹線の新函館北斗駅のような大きな事業に展開します。俺たちの楽しみを公共の場でやってしまっていいんですか〜と(笑)。

日向市駅。写真提供:日本全国スギダラケ倶楽部

スギダラの代表のような位置づけで取材を申し込まれることがありますが、上下関係がない集団だと説明しています。一応支部はありますが、基本的には頭も尻尾もなく、プロジェクト毎に参加者がいろいろな役割を担ってみんなでやっている。場合によっては僕もただ荷物を運んでいるだけだったりしますから。誰かがピッと笛を吹いたら、集まれる人が集まってきて、木を提供してくれる人がいたり、デザインをする人がいたり、組み立てる人がいたり……そんな感じでみんなが手助けし合っています。

——どうすれば会員になれるのですか。また、会則はありますか。

HPから申し込むと会員番号を振ったスギダラ棒という会員証が送られてくるようになっています。でも、会員になったけど1回も参加しない人もたくさんいますし、会員でなくても何度も参加してくれる人もいるので、会員制にはあまり意味がないと思っています。
会則もないけれど、スギダラ宣言というのは一応HPで掲げています。

「大人や子ども、組織や企業、地域や分野を超え、意気投合した仲間とその可能性を語り様々なプロジェクトを実行するためのネットワークをつくり、日本中に拡げていくことを目的とする」*4 スギダラ宣言より抜粋]

——日本企業はこれまでメンバーシップ型で、アメリカはジョブ型でした。でもこれからは「パーパスが成長と社会課題解決両立のカギ」ということを武蔵野美術大学の岩嵜博論教授が言っています。パーパスを共有する人たちが必要に応じて集まってくるかたちが21世紀の企業や組織なのではないかということです。スギダラは、スギを使って何かをしたいというパーパス・ドリブンな組織ということですね。

プロジェクトは、ボランティアから事業に発展していくのでしょうか。

最初は大体ボランティアでやりたいことを提案して、それが膨らんで、仕事になるとギャラが発生します。例えば内田洋行として受けたり、デザイナーが個人で仕事を受けたりすることもあります。行政や企業人ならば発注者として事業化することもあります。ただ、発注者と受注者というだけの関係には絶対にならずに、みんなでわいわいと楽しくやっています。

継続していると、ノウハウがスギダラの資産として残り、それを編集してまた違う場所で使うことができるようになります。頼まれもしないのに全国でトレーニングをして、全体が学習プロセスとなっていると言えます。

——なるほど。最初から委託ではないから失敗ができて、それがスキルを上げていくための大事なプロセスになるのですね。

ある市庁舎前の広場の設計競技に参加したことがありますが、美しいデザインではなく、公共空間を市民の渦で埋めるような提案をしました。無印良品がトラックで来て市場を開くプレゼンテーションをするとその場は盛り上がるのですが、結果は最下位でした(笑)。

つまらない概念や枠組を壊したいという共通のマインドがあり、それが新しいアイデアを生み出します。実現できなくても、あのアイデアは面白かったという記憶がみんなに残り次につながっていく。

常に自分たちの中にある欲求や、心が躍る本質を表現しないと気が済まず、それを言葉にすると、「それは面白い!」「じゃあやる?」となります。スギダラは、自分の野望や夢、楽しいことを、業務を超えて表現し合える人の集合体と言えます。

——仕事は失敗しないことが重要で、心が躍る瞬間を表現することを封印している人が多い。そこを解き放っているということですね。

「仕事だから」と諦めてしまうと、客観性はあっても主体性がないものになってしまいます。暮らしの中にある夢とか希望とか美しさを我々はどこかで封印してしまっている。芸術とかデザインのように、だれかに求められてやるのではなく、自分の世界を投影していくことが大事。社会にとって必要かどうかは分からないし、合理的でもないけれど、共鳴し合えることはたくさん世の中にありますよね。それぞれが主体性をもつと、その主体の共鳴が起こる。それがスギダラだと思います。

——仲間がいるから表現をして、表現をするから共鳴する。その主体の共鳴が今、地域社会や組織の中で一番必要なことだと思います。

そうですね。スギダラは結局、地域の人が主体的に表現して活動するために火を付けているだけで、僕たちが表現しているわけではありません。人間には表現欲求やそれを伝える力があまねく備わっています。それぞれの才能をどうやって開花させるか、そのフィールドをつくることが社会の中で重要だと思って止みません。

自分たちを表現し、かたちにしていく喜びを知った市民は、もう元に戻れない。実は、最初スギダラを嫌いだったり怪しがったりする人が、激変することも多いんです。だんだんとスギダラの世界観にはまってしまって「なぜ早くこの活動をしなかったのだろう……」と。

——人口減の時代には、表現したい人の気持ちを発火させ、一人何役でもできるようにする必要があります。

そのためには、やはり対話が必要です。学校や会社では、個人的に深入りするとコンプライアンスに抵触するので、対話を好まない社会になっていしまっていて、そこに問題がある。

デザインの仕事は、人のモチベーションでアウトプットが全然違ったものになります。だから、僕のチームは対話を大事にして、みんなが方向性を共有して、面白がってやれるように努めています。チームでよいムードづくり、概念づくりができれば、よいものになりますから。「こうした方が儲けるからそれが正解だ」となると、関わる人間もどんどんと他人事になっていきますからね。

スギを普及させるだけがスギダラの目的ではありません。衰退化していく社会の現象をデザインし直したいということです。

——100年先を見つめてきた日本の山林は短期的な儲け志向で多様性をなくし、経済論理の中で林業が衰退化しています。この植林政策の失敗は、経済優先で日本の美しいものをどんどんとなくす方向に歩んできた日本の失敗の本質が詰まっています。企業はこれまで経済重視の論理で動き、長期的な視点で価値のあるものをつくろうとしてこなかった。未だに暮らしや伝統の論理と離れたところで企業の論理が動いてしまっていることに、持続可能性との矛盾があると感じます。

価値を決めるのは人ですからね。高度成長期には価値があったスギの価値が低くなったのは、人間の社会や意識が変わっただけです。その意識をちょっと切り替えれば、新しい社会の価値が成立すると思います。

(文=有岡三恵/Studio SETO

*1]日本全国スギダラケ倶楽部 http://www.sugidara.jp/index.html

[*2]我が国の森林面積は国土の3分の2に当たる約2,500万haであり、世界有数の森林国。森林蓄積は人工林を中心に毎年 約6千万㎥増加し、現在は約54億㎥。
面積ベースで人工林の半分が50年生を越えて成熟し、利用期を迎えている。この豊富な資源を有効活用すると同時に、 循環利用に向けて計画的に再造成することが必要。
林野庁:
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/genjo_kadai/attach/pdf/index-28.pdf

[*3]下刈:植林した苗木等の成長を妨げる雑草や灌 したがり 木を刈り払う作業 通常 植林後の数年間、 毎年、夏期に行う。
枝打ち:節のない木材を生産すること等を目的に、立木の枝を切り落とす作業。
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/jissi/b_n/jyokyo_2004/pdf/16_7.pdf

*4]日本全国スギダラケ倶楽部 http://www.sugidara.jp/index.html

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