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コレクティブ(第2回)——社会とつながる組織のあり方①

Date: 2022.09.07 WED

  • #グローバル動向

  • #ソーシャル

日本総合研究所 井上岳一

弱く不完全な個が集まり、互いに他を補い合うことで発揮される集合的な創造性。そこにコレクティブの本質があるのではないかと前稿で述べました。本稿では、創造性に最大の価値を置くアートの世界におけるコレクティブの活躍を例に、社会とつながり、社会に本質的な価値をもたらす集合体のあり方を考えてみたいと思います。

アート界では、近年、アート・コレクティブ(あるいはアーティスト・コレクティブ)と呼ばれるアーティスト集団の活躍が目立っています。コレクティブを名乗るアーティスト達が現れ始めたのは2000年代以後で、それが一つの潮流として認知され始めるのは2010年代になってからです。そして、2010年代後半になると、アート・コレクティブがアート・シーンの表舞台で活躍をするようになり、一気に認知が広がります。そのきっかけとなったのは、世界有数の現代美術賞として毎年国際的な注目を集める英国のターナー賞[*1]での出来事でした。2015年、建築家やアーティストなど20代の若者16人で構成されるアート・コレクティブ、アッセンブル(Assemble)が受賞をしたからです。建築集団が現代美術の登竜門たる賞を受賞したこと自体が驚きだった上、それが16人の多様なメンバーから成るコレクティブだったことも話題を呼んだ理由でした。

2019年には、2022年開催予定の「ドクメンタ15」の芸術監督にインドネシアのアート・コレクティブ、ルアンルパ(Ruangrupa)が就任することが発表されます[*2]。ドクメンタは1955年から56年に1回、ドイツの小都市カッセルで開催されてきた歴史ある現代美術の祭典で、その芸術監督をアジア人が務めることも初めてなら、アート・コレクティブが務めることも初のことでしたから、大きな驚きをもって迎えられました。さらに、2021年のターナー賞では、最終候補者5組がいずれもアート・コレクティブとなり、アート・コレクティブがいかに大きな存在になっているかが印象づけられたのでした。

いったい、アート・コレクティブとは、どのような存在なのでしょうか。そして、なぜ、こんなにもアートの業界で注目されることになったのでしょうか。

アート・コレクティブに明確な定義があるわけではありません。そこで、アッセンブルを例に、アート・コレクティブの実際を見てみましょう[*3]。

アッセンブル2010年に結成された、建築家やデザイナー、アーティストからなるアート・コレクティブです。大学を出て一旦は就職をしていたメンバー達は、「もっと直接社会とつながり、自分達の手でつくることをしたい」との思いからアッセンブルを設立。最初にしたことは、ロンドンオリンピックを機に再開発推進地区に指定されていた地域の古い工場を安く借り受け、オフィスとワークショップ、イベント用に貸出できるスペースを兼ね備えた拠点「シュガーハウス・スタジオ」へと改築することでした。その後、隣接する土地に「ヤードハウス」を自ら設計・施工します。ヤードハウスには16のスタジオがあり、地元のクリエイターや工芸家達が集う場になりました。

他に閉鎖されたガソリンスタンドを利用した仮設映画館をつくったり、低所得層の子ども達のために公園をつくったり、伐採された街路樹で公園用の家具をつくったりなど、公共的な活動を広げて、次第に注目を集めるようになります。

ターナー賞に選ばれる直接のきっかけとなったのは、リバプールでのコミュニティ再生プロジェクト「グランビー・フォー・ストリーツ」でした。グランビー通り一帯は、1900頃に建てられたレンガづくりの町並が特徴的でしたが、移民や貧困層が多く住む地域になり、黒人と地元警察との諍いから、1981年に大規模な暴動が発生。暴動によって街は荒廃し、空き家が増加しますが、行政は取り壊して再開発すると言ったまま放置します。そして、リーマンショック後、予算不足から再開発はしないことが発表されると住民達が立ち上がり、再生に向けた取組みを始めます。この住民主体の再生活動にアッセンブルは2011年から参加するのです。

アッセンブルのアプローチは複合的でした。まず、複数の助成金を申請して必要な資金を確保する一方で、空き家や空き店舗は住民と共同でセルフリノベーションすることで、支出を抑えます。また、空き店舗を改築した工房では、廃材を使った家具や建具、インテリア小物などの商品を住民と開発。これらを販売することを通じて、地元に雇用を生みつつ、収益は青少年のアート教育に還元することを目指す社会事業を立ち上げたのです。

2019年、東京銀座にある資生堂ギャラリーで、アッセンブルの個展「アートが日常を変える 福原信三の美学 Granby Workshop」を開催。メンバーが来日し、ターナー賞を受賞した「グランビー・ワークショップ」の方法論を会期中に実際に行った。撮影:加藤健

デザインとアートの違いを説明する際、よく用いられるのが「デザインは問題解決、アートは問題提起」という説明です。しかし、アッセンブルの活動を見ていると、このようなデザインとアートの違いは意味をなさないことに気づかされます。デザインもアートも建築も、アッセンブルにとっては、そこにある問題を解決するための手段と位置づけられています。ジャンルに関係なく、何の専門家であるかも問題にせず、社会にとって本質的に価値のあることを提供しようとしているのです。その際、できることは自分達の手でやります。家を建てたり、貸しスペースの運用をしたり、イベントをしたり、開発した商品の販売を手がけたりと、活動は多岐にわたります。多岐にわたる活動を自ら実践するからこそ、多様なスキルと性格の仲間が必要になるのです。

アッセンブルの活動を軸に、他のアート・コレクティブの活動も見渡した上で、アート・コレクティブに共通する特徴を列挙すれば、以下のようなものになります。

  • 建築家やデザイナーなど、従来のアートの領域に留まらない人々が集まった集団であること。また、法律家、会計士、起業家などの実務家、エンジニア、料理研究者など従来、クリエイティブ系に分類されていたのとは、異なる職種の人らもしばしば参加する集団であること。
  • 柔軟でフラットな組織形態をとっていること。明確なリーダーがいない場合や、メンバーが流動的な場合もあること。
  • オルタナティブスペースや自主ギャラリーなどを自ら運営していて、既存の美術業界の流通構造に依存せずに作品を発表、販売できる場を持つこと。また、自らのスペースを拠点にして、人々の交流を促す、ハブのような存在になっていること。
  • カフェや映画館、ショップなど、しばしば収益事業を営んでいること。
  • 問題提起のみならず、自ら社会課題解決のためのアクションを行う場合が多いこと。

本稿では、近年興隆しているアート・コレクティブを例に、コレクティブという集団の在り方を紹介しました。
次回は、組織とコレクティブの違い、コレクティブの本質を分析していきます。


*1 ターナー賞は現代美術の分野でその年に最も活躍した50歳以下の英国で活動するアーティストに贈られる賞。英国における現代美術の登竜門として知られています。
*2 ルアンルパはインドネシアのジャカルタで、2000年に6名のアーティストにより結成された老舗アート・コレクティブ。現在のコアメンバーは20名程度ですが、メンバーが流動的なため、正確なメンバーが何人かはもはやわからない状態だと言います。
*3 アッセンブルの紹介内容は、「Hills Life Daily」の2016102日の記事「Who are ‘Assemble’?」を参考に記述しています。

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