インタビュー
GGP-based Project カーボンゼロ酒「福寿」を体験するガストロノミーツアーが始動(後編)——神戸の食の魅力を世界に発信
Date: 2023.06.29 THU
#ソーシャル
#地域共創
#新規事業
GGPパートナーが協働し神戸の食の魅力を発信するGGP-based Projectが始動しました。日本酒文化を持続可能なかたちで未来に継承し、また環境負荷を低減する酒造りやそれを支える地域の農業を応援するものです。同時に神戸の食の魅力をインバウンド向けに新たな観光体験として発信することで、地域経済を活発化させることを目指しています。このプロジェクトを推進する神戸酒心館代表取締役社長の安福武之助氏、テーブルクロスCEOの城宝薫氏、神戸市北区役所総務部地域共同課の山田隆大氏にそれぞれの理念や意気込みを伺いました。
日本酒ツーリズムとカーボンゼロで地域に貢献
神戸酒心館代表取締役社長の安福武之助氏
——神戸酒心館では、酒蔵としてどのような解題に取り組んでいるのでしょうか。
安福 日本酒の需要は私が生まれた1973年をピークに減少し、市場規模が3分の1以下になっています。縮小する国内マーケットの状況を受け、海外に目を向け日本酒を輸出していかないと、日本酒文化の継承と発展ができないだろうと考えています。
日本食への関心は海外でも高まっていて、日本食レストランも増えています。しかしそこで呑まれるだけでなく、日本人が自宅でワインを呑むように、海外でも日常的に日本酒を飲むようになって欲しい。そのためには海外のワインマーケットをターゲットに、日本酒を浸透させるのが望ましいと思っています。
世界有数のワイナリーでは昨今、ワインのクオリティだけではなくサステナビリティへの取り組みをPRしています。神戸酒心館ではブランド価値につなげるためにも、サステナブル経営を目指しています。売り上げを伸ばす経済価値だけではなく、脱炭素・環境負荷低減などの環境価値を両立させることを目指しています。
——2022年に発売した世界初のカーボンゼロ酒「福寿 純米エコゼロ」の狙いは?
安福 お米と水からできる日本酒の原料調達は、自然環境に大きく依存しています。ゆえに環境課題は私たちにとっては大きなリスクと捉えています。温暖化をはじめとした気候変動は、原材料の山田錦の収穫に大きな影響を与えます。収量が減少してしまうと財務インパクトが大きく、事業継続にも関わる。これがエコゼロの開発につながっています。
日本酒業界はコロナ禍で大きな影響を受けましたが、ポストコロナを見据えた活動を考えていく必要があると思っています。そこで、コロナ禍の中でグリーン・イニシアティブ:サステナビリティへの旅と題して、2030年までに優先的に取り組む重要な3分野を、「1)脱炭素社会、2)循環経済社会 、3)自然共生社会の3分野に定めました。
神戸酒心館のグリーン・イニシアティブ〈サステナビリティへの旅〉 2030年に向けて、優先的に取り組むべき重要な分野を「脱炭素社会」「循環経済社会」「自然共生社会」の3分野に定め、取り組むべき課題を明文化した 図提供:神戸酒心館
安福 脱炭素社会への取り組みとしては、日本酒製造のCO2排出ネット・ゼロ、すべての事業で再生可能エネルギー100%にする、2050年までにスコープ3を含めたサプライチェーン全体での削減を目指すなど、これまでも取り組んできたことですが、目標を明文化しました。
——カーボンゼロの日本酒は、どのように実現できたのでしょうか。
カーボンゼロを達成した「福寿 純米 エコゼロ」 写真提供:神戸酒心館
安福 エコゼロでは、自社が排出するScope1、Scope2でカーボンゼロを達成し、2022年10月に発売を開始しました。
酒造りは、お米を洗う工程から始まり、麹や酵母を使って米を発酵させます。お米を蒸したり、瓶を洗ったりする工程において、ボイラーの熱源は都市ガスを使っています。その都市ガスを大阪ガスとの取り組みの中でカーボンニュートラルのものに転換でき、Scope1をゼロにしました。
Scope2の電気は、関西電力との取り組みで再生可能エネルギー(水力発電)に2022年7月からスイッチしました。
2023年春以降は、エコゼロだけでなく、純米吟醸などすべての「福寿」がカーボンゼロになっていく予定です。
サプライチェーンのCO2排出量SCOPE 1、2、3 環境省資料をもとにGGP作成
——カーボン・ゼロにするために苦労したことは何でしょうか?
安福 米や水同様に電力やガスも安定的な供給がないと生産ができません。大阪ガス、関西電力が協力してくれて、しっかりとしたサプライヤーと契約をできたのが大きなポイントでした。いっぽう再生可能エネルギーへの転換は、通常の電気より当然コストがかかりどうしても利益が下がってしまいます。そこが難しいところでした。
でも、2010年から7年間で生産量が3倍に増加したにも関わらず、エネルギー使用量は7年間で12%削減ができました。またCO2排出量もマイナス12%、水の使用量は生産量が3倍に増えたにも関わらず35%増に抑えることができました。そうしたマネジメントによって、再生可能エネルギーに変更しても、環境価値と経済価値を両立することができたと思います。
神戸酒心館における環境価値と経済価値の両立 図提供:神戸酒心館
——GGP-based Projectでどのようなことを実現していきたいですか?
安福 神戸酒心館では、清酒製造業だけではなく観光事業と飲食事業の3つの一体化による価値の創造を目指しています。
これまでも観光業にも力を入れていましたが、コロナを経て自分たちからの発信ができていなかったことに気づきました。世界へのアプローチに対するノウハウがないことを実感しました。
テーブルクロスさんと一緒にプロジェクトをやることで、私たちの弱みを克服し、これまでやってきたことの価値を高めながら、よりいっそう海外に発信していけることができるのではないかと期待しています。日本酒を鍵としたインバウンドツーリズムを産業化していけると望ましいです。
——灘五郷の日本酒ツーリズムが確立したら神戸のエリア価値を高めることにつながると思います。
安福 神戸市北区大沢(おおぞう)地区の農家の方々が原料となる山田錦を生産してくれています。農家の高齢化や後継者不足、所得の低下など、そうした問題解決を一緒にしていかないと自分たちの事業継続性にも関わってきます。ツーリズムが産業化し、多くの人が神戸に足を運んでくれれば、私たちだけではなく灘五郷の有名な酒蔵と共に日本酒の銘醸地としてもブランド化していけると思います。そうすれば、ワインツーリズムのように、日本酒でも観光の新しいビジネスモデルが確立されると仮説を立てています。
サプライチェーンにおける課題解決と、日本酒ツーリズムの確立の両方を同時並行で推進できれば、地域に大きな富をもたらすことができるだろうと信じています。そうすることで、サステナブルな社会につなげられると考えています。
フードエクスペリエンス創造でインバウンド需要を刺激
——フードエクスペリエンスを創造するbyFood.comは、神戸でのガストロノミーツアーを通じて、どのような課題を解決したいですか?
テーブルクロスCEOの城宝薫氏
城宝 これからの日本経済を支えるためには、いかに外貨を稼げるかが大事な論点だと思っています。インバウンド需要はGDP では輸出項目になりますので、日本にある良いものをどのように発信をし、その需要を拡大していくかが重要です。
短期的な目標で言うと、神戸酒心館さんの福寿の場合は、灘地区の水やお米がすごくよいとか、海外からすると情報がなかなか入手しづらく、分かりません。そこを私たちが情報発信することでインバウンド誘致するためのお手伝いができると思っています。
長期的なヴィジョンとしては、地方創生や日本経済の活性化ということにつながるエコシステムをつくっていきたい。私たちが運営するbyFood.comというプラットフォームを通じて観光客に地域のことを発信し、企業や商品を知ってもらい、その場所に足を運んでもらうことで地域が抱える課題解決に貢献していきたいです。
——なぜbyFood.comの事業をはじめたのでしょうか?
城宝 私たちは食を通じて世界を幸せにしたいと考えています。また、会社設立の背景には、CSV(Creating Shared Value)という考え方がベースになっています。これからの日本企業のあるべき姿として、1企業の利益だけではなく、利益の創造と社会への貢献を同時に実現する文化が必要とされていくと思います。2014年の創業時にはSDGsやESG企業が多くはなかったこともあり、私たちはCSV経営を根幹として会社をしています。ですから、サービスを創造するだけでなく、日本食の文化や世界観を大事にし、フード・エクスペリエンスとして商品企画したり、発信したり、販売を行っています。
byFood.comのサービス テーブルクロス社のパンフレットより
城宝 私たちが提供する体験型のツアーを目掛けて、訪日旅行客はさまざまな地域に訪れています。地域の商品を海外の人に買ってもらえることは、地域貢献のひとつの価値だと考えています。
byFood.comのWEB SITEでは様々な食体験のメニューがある 写真提供:テーブルクロス
城宝 また、私たちは、世界中の子どもたちに学校給食を届けています。サイトを通して予約すると、1予約につき10食分の学校給食を寄付する仕組みになっています。創業から9年ですが、世界各国に34万食の学校給食を支援できました。
——カーボンゼロの日本酒をどのように発信していくのでしょうか?
城宝 カーボンゼロだけをPRするよりも、酒造りの中でカーボンゼロに取り組むことがどれだけたいへんなのか、お酒文化の歴史まで遡って紹介するとよいと思います。
同時に、神戸・灘五郷のお米とお水、気候などエリア全体の素晴らしさを「この地域だからできるんだよー」と、伝え、灘五郷のブランドを総合的につくっていきたいと思います。
私たちのグローバルチームが目指しているのは「日本酒といったら神戸・灘!」というところまでブランディングすること。それがプロジェクトの価値だと私たちは感じていて、モチベーションを高く持っています。
——神戸酒心館とのコラボレーションに期待することは?
城宝 私たちは、歴史のある企業との接点が少ないという悩みがありました。スタートアップと歴史ある企業や地域をつなげて、ご縁をいただいたGGPに感謝しています。
お酒が好きな世界中の美食家の視点に立つと、日本酒の銘醸地・灘五郷を飲み歩くような文化が育ってくると「灘に行きたい!」と思うのではないでしょうか。灘は酒蔵が近いエリアに点在していますので、それは実現できると思っています。そうした酒蔵ツーリズムの文化を神戸酒心館と共につくり、“日本の酒蔵めぐりは神戸発祥”として根付かせられるように、貢献できたら嬉しいです。
——WEBでの発信、プロモーションはどのように展開していくのでしょうか?
城宝 主にふたつの方法があります。
ひとつは検索キーワードを分析するマーケティングです。byFood.comは、google検索をしている人に対して、酒心館、福寿、神戸=酒ツーリズム文化ということをきちんと読んでもうためのSU(セッションユーザー)の作り込みが強いと思っています。ですので、まずは、神戸酒心館にはどのようなキーワードでユーザーが検索して訪れているのかをリサーチさせていただき、お酒の飲み比べなのか、酒蔵で食事したいのかなど、どんなニーズがあるのかを調べ、その人たちに対して日本酒=神戸だよというPRを差し込みに行くというやり方になります。
もうひとつはインフルエンサーマーケティングです。YouTubeやInstagramなどを使って動画や写真を拡散できるので、これを使わない手はありません。有名なインフルエンサーに酒ツアーに参加してもらうことで灘の酒文化をプロモーションしていけると考えています。
神戸酒心館の福寿がなぜ日本の中でもブランド価値が高いのかを紹介し、同時に神戸の食材とお酒がマリアージュする価値の高い体験ツアーをつくっていきたいです。
“食都神戸”をシビック・プライドに
——GGPはこれまで神戸市と連携させていただき、共創ワークショップ「海と山が育むグローバル貢献都市・神戸を考える」、「サステナブルな食と農業をデザインする」などのイベントを開催してきました。それらがきっかけとなり、GGP-based Projectがいよいよ始動することになりました。どのような展開を期待しますか?
神戸市の山田隆大氏 写真提供:山田隆大
山田 インバウンドに限らず、観光という言葉には、消費を煽るイメージがあります。しかしこのプロジェクトでは、消費を前面に推しだすというよりも、文化や環境に対する深い知識を得て共に学ぶ良さがあると思います。消費者が生産者のことを考えたり、生産者もただ売れれば良いというだけではなく環境を考え消費者にとってより良いものづくりをしたり、参加する人が一緒に事業をつくっていく……。そういう観点で、持続可能な観光として根付いてほしいです。
経済合理性だけではなく、歴史や教育など多角的な視点で学ぶことができる仕組みが、GGPというプラットフォームを通じてたくさん生まれたらいいと思います。
——山田さんは「食」をテーマに様々な取り組みをされているそうですね。
市内の牧場から出るバイオガスを使ってつくる「福寿 純米吟醸 山田錦 環(めぐる)」 写真提供:神戸酒心館
山田 はい。酒やスイーツなどと漁業や農業などは別の産業として語られがちなので、食という観点で色々な産業が組み合わせられる関係づくりに取り組んできました。民間事業者が中心となって「神戸の食の未来を考える会」(代表:安福武之助)が立ち上がるなど、異業種が意見交換できる場も増えていきました。
そのような関係と共に、神戸酒心館では、市内の弓削牧場から出るバイオガスを使ってつくるお酒「福寿 純米吟醸 山田錦 環(めぐる)」の商品開発をしたり、下水処理場のリンを使った肥料で山田錦を育てたり、地域資源を循環させる機運が生まれています。
市としては、市民が自分たちのまちの食文化に誇りを持つことをコンセプトに2015年から「食都神戸 Gastropolis Kobe」を掲げています。海と山に囲まれた自然環境などのポテンシャルを活かして、持続可能な神戸らしい食産業を育て、食文化を醸成させていく方針です。
私自身は、農業や漁業などの第一次産業が継続できるインフラ整備はもちろん、その先の事業を行う民間企業の下支えにつながる取り組みを実践していきたいと考えています。
2025年から神戸空港に国際線が就航し、大阪・関西万博も開催されますので、海外からの観光客が増えると思います。持続可能なガストロノミーツアーが神戸で根付くことに期待しています。
(2023年4月10日 オンラインインタビュー 文:有岡三恵 特記なき写真:生田将人)