解説記事
食と農の社会課題にどう挑むか vol.03 海藻の価値見なおしで多重インパクトを生む共創とは?
Date: 2026.07.09 THU
#自然資本
#気候変動
#ESG投資・開示
#ソーシャル
社会課題に対して実践的に行動し、事業共創の機会を創出する「GGP共創プロジェクト」。
2025年度の重点テーマの1つとして進めてきた「食と農の社会課題にどう挑むか」では、9月のトークイベント、10月のワークショップを通じて、食と農を取り巻く社会課題と、その先にあるフードバリューチェーンの可能性について議論を重ねてきました。
トークイベントでは、食と農をめぐる社会課題を“足かせ”ではなく事業機会として捉える視点が提示され、未来のフードバリューチェーンの方向性として「グリーン」「レジリエント」「パーソナライズドバリュー」の3つの仮説が示されました。
続くワークショップでは、食品加工業、流通業、異業種企業、自治体など多様な参加者が集い、“ありたい姿”からバックキャストで課題とアクションを整理し、事業共創に向けた具体的な示唆を得ました。こうした一連の議論の詳細は、vol.01「多重インパクトもたらす共創でフードバリューチェーンを変革」、vol.02「フードバリューチェーンの未来を、共に描くワークショップ」で紹介しています。
多重インパクトとバリューシェアモデルの構築へ
これらの検討を通じて、私たちが改めて認識したのは、食と農の社会課題は、個別最適の積み重ねだけでは解決できないということです。生産、加工、流通、消費の各段階がそれぞれの論理で動くだけではなく、バリューチェーン全体で価値をどう創出し、どう分かち合うかを構想する必要があります。
今回のプロジェクトでも、その視点から議論を重ねる中で、今後の共創を考える上で重要な2つの論点が浮かび上がりました。
1つは、多重インパクトです。すなわち、1つの施策が単一の課題への対応にとどまらず、環境負荷の低減、収益性の改善、地域産業の維持、消費者への新たな価値提供など、複数の効果を同時にもたらす状態を目指すことです。
もう1つは、バリューシェアモデルです。大きな社会課題が生産現場にあるとしても、その課題解決を生産者だけに頼るのは現実的ではありません。だからこそ、川下や周辺のプレイヤーも、資金面やノウハウ面で関与することで、共に課題を解決し、価値を創出して共有する仕組みが求められます。こうした論点は、本プロジェクトを通じて見えてきた中心的な視点でもあります。
こうした視点を踏まえた具体的なテーマについて、ワークショップに参加したパナソニックホールディングス、横河電機、そしてSMFGと日本総合研究所のメンバーで議論を重ねた結果、私たちは海藻に着目しました。
環境価値の高い海藻に注目し、産業の構造的課題を考える
海藻は、日本の食文化を支える身近な存在である一方で、近年はCO2の吸収源としての役割、魚介類の生息環境の形成、地域産業の継承など、多面的な価値を有する資源として注目されています。
とくに、CO2の吸収源としての役割、すなわちブルーカーボンの創出については、その吸収量をクレジットとして評価する枠組みも整備されており、海藻の環境価値は、以前にも増して社会の中で認識され、制度的にも位置づけられ始めています。
もっとも、その価値が十分に事業や地域の持続可能性へと還元されているかというと、なお課題は残されています。
食材としての価値は広く認識されていても、環境や地域に対する価値、生産現場の持続可能性まで含めた価値が社会全体で共有されているとは言い難く、継続的な支援や投資につながっていないのが現状です。
海藻をめぐる課題は、単なる一次産業の課題にとどまらず、食と農の領域に共通する構造的な問いを含んでいるように思われます。その課題の1つが、生産現場の持続可能性です。高齢化や担い手不足、収益の不安定さは、海藻事業の継続そのものに影響します。
加えて、海藻がもたらす環境価値や地域にもたらす価値が社会で広く享受されているにもかかわらず、その維持や再生にかかる負担は現場に偏りやすい構造があります。さらに、近年は海水温上昇に伴う生育不良や食害などの深刻化も、藻場の減少や海藻資源の劣化につながる重要な課題となっています。
このままの状況が進めば、国産海藻の生産量が減少し、輸入依存が強まり、結果的に国内の海藻関連産業への投資や人材流入が減少する可能性があります。そうなれば、海藻が有する炭素貯留や生息地提供などの多面的価値も、十分に維持されないまま損なわれ続けてしまう懸念があります。
海藻の価値を高める実践から学ぶ
こうした課題に対する取組は、すでに各地で始まっています。共創プロジェクトの参加メンバーはこれらの取組を自分たちの目で見て学ぶため、宮城県石巻市の現場を視察しました。
それは、宮城県ブルーカーボン協議会[*1]が主催する、ブルーカーボンモニターツアーです。宮城県では、藻場の衰退やそれに伴う磯根資源の減少のほか、海洋環境の変化への問題意識のもと、宮城ブルーカーボンプロジェクトとして数年前から養殖ワカメを対象としたブルーカーボンの算定やクレジット申請に取り組んでいます。ツアーでは、石巻市の特産であるワカメの加工現場や、海藻をはじめとする宮城県の水産業の基礎的な試験研究と技術開発を行っている宮城県水産技術総合センターを視察し、ブルーカーボンの計測も体験しました。
ワカメの加工現場では、収穫されたワカメが製品になるまでの工程を目の当たりにし、生産の現場で起こっている具体的な問題を学びました。現地で伺った話によれば、近年は海水温の上昇に加え、少雨の影響で山から海へ供給される栄養分が減少し、ワカメの生育や色づきに影響が出ていると言います。実際に立派なワカメを試食し、そのおいしさを実感する一方で、背景では気候変動が確実に現場に悪影響を及ぼしていることが強く印象に残りました。
宮城県石巻市のワカメ加工場で現地の方に話を伺いながら、メカブ削ぎを行った 写真:今泉翔一朗
また、宮城県水産技術総合センターなどによる藻場や種苗、生育環境に関する取組にも実際に触れ、海藻の生産を守るために、研究機関や地域の関係者など、さまざまなプレイヤーが関わっていることを知りました。
さらに、ブルーカーボンの計測体験では、地元の藻場造成団体が育てているコンブの重量を実際に量りながら、算定方法の理解を深め、その計測や算定には相応の手間と工夫が必要であることも体感しました。
コンブの重量を測るなど、ブルーカーボンの算定を体感しながら、算定の仕組みを学んだ 写真:今泉翔一朗
こうした現場での取組に加え、別のアプローチから海藻の再生や供給基盤そのものを強化しようとする動きもあります。
たとえば「KAISO BANK」[*2]は、漁港を利活用して海藻種苗を大量かつ安定的に生産・育成し、海藻移植用カートリッジや海藻育成用基盤ブロックを用いて周辺海域へ効率的に移植することで、広域的な藻場の造成・回復を目指す海藻供給システムづくりを目指しています。
気候変動や自然災害、食害リスクにも対応すべく全国の種苗供給ネットワークを構築し、種苗生産からJブルークレジット®申請までをつなぐワンストップサービスの構築・普及を目指している点が特徴です。
海藻を単なる食材や一次産品としてではなく、藻場再生、ブルーカーボン、豊かな海づくり、さらには漁村地域の賑わい創出にもつながる基盤として捉え直そうとする、具体的な実装の一例と言えます。
KAISO BANKが目指すワンストップサービス 出所:KAISO BANK
KAISO BANKの目指すシステムフロー 出所:KAISO BANK
このように、水産現場での実践や、それを包括的に支援するためのサービスづくりなど、各地でさまざまな動きが生まれています。
しかし、環境変化や産業の衰退は待ったなしの状況でもあります。だからこそ、私たちは共創して海藻を支えるために何ができるのかを、引き続き具体的に考えていきたいと思います。
海藻を起点に多重インパクトをもたらす共創を
その際に重要になるのは、GGP共創プロジェクトで検討してきたように、生産現場だけでなく、海藻を使用する加工企業や、その恩恵を受けている地域、さらには新たに関わろうとするさまざまな企業や個人を、どう巻き込んでいくかという視点です。
巻き込んでいくためには、海藻とそれぞれの主体との接点を見出し、海藻がもつ食用としての価値だけでなく、環境価値、地域産業としての価値、新素材としての可能性などを可視化し、伝えていくことが重要だと改めて感じています。
海藻の社会課題解決を目指す有志メンバーとして、パナソニックホールディングスの山木健之氏と、横河電機の坂本真菜氏は次のように述べます。
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パナソニックホールディングス 山本健之氏 |
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横河電機 坂本真菜氏 |
海藻は、単なる食材ではありません。
地域の産業を支え、海の環境を支え、そして多様な企業や人が関わることで新たな価値創出の可能性を持つ存在です。本プロジェクトを通じて得られた示唆を、議論にとどめず、次の実践へとつなげていくこと。その積み重ねを通じて、海藻を起点とした多重インパクトを生む共創のかたちを、少しずつ具体化していきたいと考えています。
*1 宮城ブルーカーボン協議会:宮城県のブルーカーボンへの取組を推進するために設置した団体。漁業関係者、学識経験者、行政関係者を構成員とする。宮城ブルーカーボンプロジェクトを推進している。
*2 KAISO BANK:NEDOグリーンイノベーション基金事業に採択されたプロジェクト。食料・農林水産業のCO₂削減・吸収技術の開発「漁港を利活用した海藻バンクによるブルーカーボン生態系プロジェクト」として実施。
本プロジェクトに関するお問合せ
株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 未来デザイン・ラボ
今泉翔一朗(imaizumi.shoichiro@jri.co.jp)
