2022.07.12 tue

コレクティブ(第1回)——集合的創造性の発揮に向けて

日本総合研究所 井上岳一

SDGsが浸透したことで、社会課題の解決をミッションに掲げる企業や団体が増えました。しかし、技術の力で解決できてしまうような単純な課題を除いて、一つの組織が社会課題の解決に対してできることは限られます。本当の意味で課題解決を目指すなら、様々な専門的知見やスキルを有する多様なプレイヤーでチームをつくり、相互に機能を補完し合いながら、総体的に課題に立ち向かうことが求められます。

このようなアプローチを、コレクティブ・インパクトと言います。米国のジョン・カニアとマーク・クライマーがスタンフォード・ソーシャル・イノベーション・レビュー(*1)に発表した2011年の論文コレクティブ・インパクト”を契機に広まった概念です。

これに対し、それぞれの組織が個別に課題解決に取り組む従来型のアプローチはアイソレイティド・インパクトと呼ばれています(アイソレイティドは「孤立」の意)。カニアとクライマーは、社会課題解決をミッションとする非営利組織ですら、大半がアイソレイティド・インパクトの追求に終始していると指摘しています。従来型のアプローチに意味がないと言っているわけではありませんが、それぞれの組織が個別に課題解決に取り組んでいる限り、そのインパクト(影響力)には、どうしても限りがあります。結果、恩恵にあずかれる人は限られるし、こちらの課題は解決できても、あちらの課題が浮上するといったもぐら叩き状態にもなりがちです。それを避けるには、多様なプレイヤーが力を合わせ、他の組織ができないところを互いに補い合いながら、総体的に課題解決に向かうコレクティブなアプローチが必要になるのです。

コレクティブなアプローチは、哲学や人文学の分野でも注目されています。哲学・人文学では、英語のコレクティブに替え、フランス語のコレクティフ(collectif)が用いられることが多く、それはフランスの精神科医ジャン・ウリの実践を通じてコレクティフに注目が集まるようになった背景があるからです。ウリは、患者を灰色の建物に閉じ込めて治療を施す既存の精神病院のあり方に限界を感じ、森の中の城郭に自らの病院(ラ・ボルド病院)を開設して、オルタナティブな精神医療のあり方を探求・実践してきた人物です。後に「制度を使う精神療法」と呼ばれるようになる彼の療法の根底にあるのは、「患者の病気を治す前に病院の病気を治さなければならない」という信念でした。

「病院の病気を治す」ためにウリが着目したのは、病院という組織をコレクティフとして運営することでした。ウリはコレクティフを「構成員である個々人が、自分の独自性を保ちながらしかも全体に関わっていて、全体の動きに無理に従わされるということがない状態」と定義します(*2)。すなわち、個の主体性や自由が尊重された開放的な集団のあり方が、ウリが言うところのコレクティフなのです。開放病棟であるラ・ボルド病院では、患者を病室・病院に閉じ込めることはしません。患者は個人として尊重され、スタッフ達と共に家族のように暮らしています。白衣を着ている者はおらず、誰が治療者で誰が患者かは一見してはわからず、誰でも参加できるクラブ活動や自由な討議の場があり、めいめいがめいめいのやり方で緩やかに全体と関わっているといいます。そういう組織や場のあり方が、精神医学の領域を超え、広く哲学や人文学の分野においても注目されるようになっているのです。

社会変革の分野から出てきたコレクティブ・インパクトと、組織や場のあり方として注目されるコレクティフ。この二つのコレクティブをここで取り上げたのは、異なる分野から出てきた概念を並べてみることで、分野の壁を越えて共通するコレクティブの本質が見えてくるのではないかと考えたからです。

では、コレクティブ・インパクトとコレクティフに共通することとは何でしょう。それは、どちらも「個」を完全な存在と捉えないところにあります。人であれ組織であれ、個は不完全な存在だという認識があるからこそ、社会課題の解決や個人的な問題への対処に際して、他の存在と補い合う集合的なアプローチを志向するのです。

課題や問題と向き合い、それを解決することは創造的で、イノベーティブな行為です。これを強く完全な個に委ねて実現するのでなく、弱く不完全な個が集まることで実現しようとする。そういう集合的な創造性の発揮がコレクティブの目指すものです。

これまで創造やイノベーションの問題は、特別に有能な個人と紐付けて語られることが多く、集合的主体による創造性の発露については、注目されてきませんでした。しかし、ここにきて様々な分野でコレクティブなアプローチが注目されるようになっています。次稿では、アートの分野を例に、コレクティブの本質である集合的創造性について考えてみたいと思います。

1:Collective Impact, Stanfords SOCIAL INNOVATION Review
2:ジャン・ウリ著『コレクティフ』2017年、月曜社

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