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生物多様性×ビジネスの最前線 ──世界が認めるイノベーターの協業事例から紐解く

Date: 2022.10.25 TUE

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特記なき写真撮影:スペルプラーツ

2010年に愛知県名古屋市で生物多様性条約第10回締約国会議(CBD-COP10)が開催され、2010年から2020年までの生物多様性に関する国際目標である「愛知目標[*1]」が定められました。愛知目標は部分的達成も見られるものの、20の個別目標は、一つも完全達成ができていません[*2]。現在、新たな目標として2050年ビジョン「自然との共生」が掲げられていますが、この達成に向けては、さまざまな分野での行動を生物多様性の保全・再生と連携することが必要とされています。

また、2022年12月にはCBD-COP15が開催予定です。そこでは2030年までの国際目標「ポスト2020⽣物多様性枠組」が採択される見込みです。現在、同枠組における生物多様性とビジネスの関係性を強化する方向のターゲット(取るべき行動)案が議論されています。

こうした国際動向を踏まえれば、気候変動とともに、生物多様性とビジネスの関係に関する認識を一層拡充させる必要があります。そして、民間企業は、ビジネスの機会を通じて生物多様性保全に貢献していくことが求められます。

そこで今回は、生物多様性におけるビジネスの最前線で挑戦する、若きイノベーター、イノカ創業者でCEOの高倉葉太氏とバイオーム代表取締役の藤木庄五郎氏にお話を伺いました。

まずは、本イベントを企画した日本総合研究所の古賀啓一氏が、生物多様性に関わる国際動向や企業に課せられる枠組について紹介します。次に高倉氏と藤木氏がそれぞれ「生物多様性の領域からビジネスの機会をつくるとはどういうことか」、その具体的な研究開発の事例を解説しました。

最後に、パネルディスカッションを通じて、生物多様性における他社協働の意義や、日系企業が目指すべきポジションについて議論を深めました。

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古賀啓一氏

はじめに古賀氏が、生物多様性保全をめぐる国際動向を振り返り、現在までの企業の取り組みを分析します。

1992年、気候変動による悪影響を防止するための取り組みの原則を定めた気候変動枠組条約(UNFCCCが発効しました。1997年にはUNFCCCの交渉会議として3回目の気候変動枠組条約締約国会議(COP3)が開催され、CO2排出量削減の数値目標を法的拘束力をもって定めた京都議定書が採択されます。

こうした気候変動の枠組と同時に、生物多様性保全に関する国際的な枠組形成も進められます。1993年には生物多様性条約(CBDが発効され、地球規模生物多様性概況(GBOとして世界の生物多様性の状況に関する科学的知見や目標達成状況、国別報告がまとめられました。

こうした潮流を受け生物多様性の影響を受けない企業は存在せず、企業活動、消費、政策立案など、あらゆる経済活動や意思決定の場面で、自然環境を守り生態系サービスを持続的に享受するための行動が求められています。2007年には生態系と生物多様性の経済学(TEEBが発効され、生物多様性の価値を経済的評価により可視化していく流れが生まれました。また、研究成果をもとに具体的な政策提言を行う組織として、生物多様性生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBESが2012年に設立します。

1990年代から現在までに発効した気候変動と生物多様性に関する国際的枠組。図提供:日本総合研究所総研

そして現在に至るまで、社会的責任投資(SRI)やESG投資[*3]など、従来の財務情報に加え、社会や環境という要素を考慮した投資の枠組も作られてきました。今後、「企業による生物多様性保全において重要なタームとなるのは情報開示である」と古賀氏は言います。

その主要な国際的枠組が、2015年に発足した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD*4]と、2021年に発足したばかりの自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD*5]です。TNFDは民間企業が自然環境や生物多様性といった自然資本に関するリスクや機会、戦略を適切に評価しながら、事業を推進するための枠組で、①ガバナンス、②戦略、③危機管理、④指標とターゲットの4つの柱に基づいた情報開示が推奨されています。これらの開示項目は、情報開示の枠組みはTCFDを踏襲しているため、企業にとっては既存の情報開示の取り組みと親和性があります。他方、TCFDでは温室効果ガス排出量や気温の数値目標など、情報が定量化しやすいのに対し、TNFDは、生物多様性というローカルごとの評価軸が求められる分野であり、容易に情報を定量化できない独特の難しさもあります。同じ生物種であっても異なる地域の生物を同一の価値として捉えられなかったり、在来種・外来種の観点から単純に生物多様性が豊かであればいいというわけではなかったり、科学的視点を踏まえる必要があるのです。

TNFDは発足したばかりで開示のフレームワークも開発中であり、日本でも率先してパイロットプロジェクトに取り組むことで、まだまだ発展途上のTNFDのルールや指標作りに参入できる余地がある」と古賀氏は言います。

生物多様性保全につながるルールや指標を考える上で参考になる事例も積みあがっています。例えば、再生可能エネルギーによる温室効果ガス抑制を目的として海上に設置した大規模な太陽光パネルが、渡り鳥の糞で覆われ、その洗浄による排水が海の生態系に影響を及ぼしたという韓国の事例や、ブラジルの総合資源開発企業によるアマゾンの森林保護・国策にも合致した段階的な原生植生回復の活動などです。このように、「気候変動のみならず、生物多様性保全の視点を持った企業活動は、日本国内でもさらに推進するべき分野である」と古賀氏は生物多様性がビジネスにとって不可欠であることを強調しました。

総合資源開発企業Vale社によるアマゾンの段階的な森林回復。図出所:vale社

高倉葉太氏

次に、高倉氏が、サンゴ礁にまつわる研究開発をもとに進める、海の生物多様性保全を説明。近年、海洋生物の遺伝資源を活用した製薬、海洋が吸収するCO2ブルーカーボン)[*6]、海洋エネルギーなど、海のポテンシャルを解放するブルーエコノミーに注目が集まり始めています。「世界有数の海洋大国である日本は、海洋資源を保全し、ビジネスとして活用していく可能性にあふれている」と高倉氏。

イノカが研究するサンゴ礁は、海洋にとって重要なインフラ生物であると同時に、観光資源や護岸効果、そしてガンの治療薬の元となる遺伝資源としての側面を持ち、人類にとっても非常に重要な生物です。しかし、気候変動に伴う海水温の上昇などが原因で絶滅の危機にさらされており、サンゴやサンゴ礁の保全を進める定量的な研究が求められています。

一方、サンゴ礁は繊細で天候などの外部要因に影響を受けやすいため、定量的な研究が難しいとされてきました。そこでイノカが研究開発したのが、都市部にサンゴ礁を再現する環境移送技術です。イノカは、AIやIoTを活用し、これまで熟練の専門家の技術を汎用化することで、都市部の水槽でサンゴの生息域をつくることに成功しました。これにより、外部環境の影響を抑え、定量評価をもたらすサンゴ礁研究の環境を設えることができます。

写真提供:高倉葉太

イノカは他社との協業も進めており、環境移送技術や独自のサンゴ影響評価システムを用いた、サンゴ白化抑制薬創出に向けた化学メーカーとの共同研究や、鉄の副産物鉄鋼スラグを活用した新たなサンゴ着生基開発に向けた鉄鋼メーカーとの共同研究にも取り組んでいます。

また、髙倉氏は、生物多様性保全の定量的な研究を、日本から発展させていくことが重要であると言います。これまで、TCFDをはじめ気候変動への枠組形成は欧米の企業が率先して進め、日本の企業はその流れに出遅れてきたと言えます。一方、TNFDは2021年に発足したばかりであり、海洋資源が豊富な日本にとってはグローバルスタンダードを作りながら生物多様性保全をリードする絶好の機会です。高倉氏は「TNFDに関するフォーラムや教育にも力を入れ、日本国内でグリーンだけでなくブルーの概念も普及させていくことが必要だ」と語りました。

藤木庄五郎氏

続いてバイオームの藤木氏が、アプリ開発を通した生物多様性の定量的研究とビジネスへの拡張について語ります。

バイオームの理念は生物多様性をデジタル化して、保全を加速させるプラットフォームをつくることです。そのための事業が「いきものコレクションアプリ Biome」の開発です。ユーザーがさまざまな場所で生物の写真を撮り、アプリ内の「図鑑」にコレクションするゲーム感覚のある体験型アプリで、膨大な生物データのプラットフォームとなります。202295日時点では61万人のユーザーを抱え、日本各地で3.6万種、340万個体もの生物データが収集されています。

図提供:藤木庄五郎

高倉氏と同様に、藤木氏が着目するのは徹底したデータ収集による生物多様性の定量化です。アプリから集めたデータを解析し、どの地域にどのような生物が生息しているかを示す生物多様性マップや、外来種の発生予報モデルを作成し、生物多様性保全に向けた実務的な整備を進めていると藤木氏は語ります。

とくに外来種は初期防御が重要です。バイオームはこのプラットフォームを使って、国内で最新の外来種データを保持する強みを生かし、そのデータを自治体や研究機関に提供しています。また、Biomeを用いた他社協業のビジネスの事例として、環境省と協業で温暖化の影響による生息域が北上している生物の定量調査や、アプリを活用したJR沿線の生物の一斉調査などの事業を紹介しました。JR3社との協業では、水族館や博物館などの施設をスポンサーとして巻き込みながら生物データを収集・解析し、生物多様性の価値基準で地域を再評価するサービスや、人の移動や回遊の促進効果を測る研究データの提供を行っています。

図提供:藤木庄五郎

このように「生物多様性は、モニタリング(調査)や教育、イベント、エコツーリズム、ブランディング、都市計画の方面に展開が可能である」と藤木氏は言います。さらに、藤木氏は、TNFDへの貢献を視野に入れ、企業が情報開示を内製化する有料アプリも開発中です。

また、藤木氏も高倉氏も、日系企業によるTNFDに関する率先したルールづくりが重要であると言います。藤木氏自身、産官学民連携でTNFDのルールづくりに参画しており、生物多様性のビジネスを日本国内から加速させる展望を語りました。

左から日本総合研究所の木村氏と古賀氏、高倉氏、藤木氏、GGP事務局

最後に、モデレーターとして日本総合研究所の木村智行氏が加わり、パネルディスカッションを行いました。木村氏は3者のプレゼンテーションを踏まえて、①生物多様性という領域において日本企業にとってこれから必要になることは何か②他社協業の重要性③どのような企業とどのような連携をしてみたいか、というテーマを提示しました。

これまで国内の多くの企業の環境・生物多様性への取り組みに関わってきた古賀氏は、生物多様性保全を国全体で大きな波にしていくことが必要であると強調。そのために他社協業は重要でありつつ、各企業が国際動向などの外部環境を察知して、一歩先に出るような独自の試みもまた重要であると指摘します。これにより他の企業も追随し、全体として民間企業による生物多様性保全と、ビジネスにおける拡充が底上げされると言います。また大企業だけでなく、ローカルな視点に立つ地方の金融機関や中小企業、自治体が情報開示のネットワークに参画していく可能性についても語りました。

高倉氏は、消費者としての一般市民を巻き込む戦略が必要だと言います。「欧州では、環境に特化した政党が民意とともに環境問題に関する政策をつくり上げており、日本でも企業が積極的に働きかけ、民意とともに生物多様性保全のルールやビジネスをつくっていくことが非常に重要だ」と語ります。そして高倉氏は、これまでの単独のプレイヤーによる破壊的イノベーションとは異なる生物多様性のビジネスの性格を指摘します。あらゆる企業や組織は生物多様性と無関係ではないため「地球環境を守る」という点で一致し、協業していく必要性があります。生物多様性保全を進めていく中で、「目標達成やルールに準ずることを目的化するのではなく、自然資本の適切な利用を持続させ、その都度生まれる新たな価値の利用について、企業と一緒に考えていきたい。そして企業活動において生物多様性の保全は当然であるという認識を生むことがこれからのグローバルな課題だ」と高倉氏は語ります。

藤木氏もまた、「ビジネスの機会はとくに重要かつ未整備である」と言います。「生物多様性は一層重要な関心事になるため、今はマーケットの体制を整えておく局面にある」と指摘。具体的にはアプリBiomeを使うことでユーザーの行動様式を把握し、マーケティングを進め、食品メーカーや小売業、医療などの企業や組織と生物多様性保全にまつわるサービス作りを進める方針を示しました。また、土地利用という面でビジネスの実務と生物多様性は相互に関係し合うため、企業同士の協業に加え、「土地所有者や自治体などのステークホルダーと関係性を築いていくことが、生物多様性の大きな波を作っていくうえで必須だ」と言います。

最後に木村氏は、「現在は企業に勤める中で生物多様性との接点を実感できる機会は少なく、また保全に貢献したいという思いを抱いているもののその方法が分からないと感じる人が多い」と指摘しつつも、まずはイノカやバイオームのように生物多様性と関連づけた事業を知ることで、「生物多様性保全に向けた新しい事業、そして協業が生まれていく可能性がある」と語りました。

(文=中村睦美/スペルプラーツ)

*1:CBD-COP10で採択された「生物多様性を保全するための戦略計画2011-2020」の中核をなす世界目標であり、2020年までに生物多様性の損失を止めるための効果的かつ緊急の行動を実施するためにまとめられた20の個別目標から成る。目標については「戦略計画2011-2020のビジョンとミッション及び個別目標 『愛知目標』」参照。
*2:https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r03/html/hj21020201.html
*3:愛知目標の国際的な達成状況
*4:TCFD Consortium
  関連記事:TCFDとは何か?前編)(後編) 
*5:TNFD
  関連記事:TNFDとは何か(前編)(後編
*6:関連記事:ブルーカーボンとは

動画再生時間:約102分

00:02:30 GGP紹介
00:05:45 Session1:株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー 古賀 啓一
00:29:39 Session2:株式会社イノカ 代表取締役CEO 高倉 葉太
00:43:10 Session3:株式会社バイオーム 代表取締役 藤木 庄五郎
00:54:55 Panel discussion
 

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